立面図・平面図から外壁材・内装材の数量を拾い出す積算の作業を、AI で支援する仕組みを建材卸の会社向けに作りました。結論は二つです。一つは、ルールは見落としを減らすことに、AI は誤った候補を落とすことに専念させる分担にすると、初めて見る図面にも通用するようになったこと。もう一つは、AI につながっていなくても手作業だけで業務が完結する画面を先に作ったことで、AI の精度が育つ前から仕組みを使い始められるようにしたことです。この記事では、その設計の理由と、精度を正しく測るための検証の手順を書きます。
この記事の数字は、frectas の案件の記録(検証の記録・顧客への報告)によるものです。
どんな作業を支援するか
設計事務所や工務店から届く図面(CAD で作った PDF や画像)から、担当者が次の項目を手で拾い出し、資材の数量と金額に換算していました。
| 図面 | 拾い出す項目 |
|---|---|
| 立面図(8項目) | 壁の面積(窓などの開口を引いたもの)、開口部、出隅・入隅、水切、軒天 など |
| 平面図(8項目) | 床面積、内壁の面積、巾木、廻り縁 など |
| 屋根 | 屋根の面積 |
図面の様式は会社ごとに違い、この案件では少なくとも5社5様式を扱っています。仕組みの想定処理時間は、1物件で立面だけなら約10分、立面と平面で15〜20分です(導入後の想定で、導入前の作業時間ではありません)。事例の全体は「建材卸で、図面から外壁材・内装材の数量を拾い出す積算システム」にまとめています。
開口部の拾い出しが要になる理由
拾い出す項目の中で、精度が全体に響くのが窓・ドアなどの開口部です。立面図の壁の面積は、開口を引いた値で拾います。開口を一つ見落とせば壁の面積は大きく出て、窓でないもの(換気口の記号や、外壁の目地の線など)を開口と取り違えれば小さく出ます。どちらも資材の数量と金額に直結します。
しかも開口部は、様式によって描かれ方が違います。窓の記号、開き方を示す線、寸法の書き方は、設計事務所や工務店ごとに少しずつ異なります。5社5様式の図面を相手にするこの案件では、一つの様式に合わせた作り込みはすぐに通用しなくなります。後で書く「ルールと AI の分担」は、この問題への答えです。
設計1:AIがなくても業務が回る画面
AI が拾い出しの候補を出し、担当者が画面で確認・修正して確定します。候補には信頼度を緑・橙(要確認)・赤の3段階で色をつけ、担当者がどこから見ればよいかが分かるようにしています。
大事にしたのは、AI につながっていない状態でも、手作業だけで業務が完結することです。理由は二つあります。
- AI の精度が育つ前から、仕組みを納品して使い始められる
- AI のサービスが止まったり、費用の都合で使えなかったりしても、業務が止まらない
全自動は狙わず、手で直す前提で進めることは、最初に顧客と合意しました。この合意があったので、精度の数字だけで「使える・使えない」を決めずに済んでいます。
画面とアルゴリズムを並行して作る
「動く画面」の期限が先にあったため、画面の開発と拾い出しの方式の検証を完全に並行させました。AI がなくても回る設計にしていたからこそ、方式が固まる前に画面を仕上げられました。
設計2:ルールは見落としを減らし、AIは誤りを落とす
最初の方式:ルールだけで検出する
最初は、図面の線を解析するルールだけで窓・ドアを検出しました。学習用の4邸では、開口部の面積の平均絶対誤差が16.1%でした。ところが、方式を固めてから検証用の2邸で評価すると、81.9%まで崩れました(PoC 実測)。
原因は、ルールに「見落とさない」と「誤らない」の両方を求めたことでした。見た図面で誤検出を消すようにルールを細かく調整すると、初めて見る図面では、本物の窓まで消したり、窓でないものを拾ったりします。
2段構成に変える
そこで役割を分けました。
- 1段目(ルール): 見落としを減らすことに専念し、窓・ドアの候補を多めに出す
- 2段目(画像の分類・生成 AI): 候補を一つずつ画像で見て、窓・ドアでないものを落とす
ルールは「漏らさない」ことに、AI は「誤りを落とす」ことに専念します。ルールで誤りまで消そうとしないので、初めて見る図面でも崩れにくくなりました。1邸あたりの候補は22〜57件で、軽いモデルで分類すれば1邸あたり数円という概算です。
2段構成の数字は、条件を分けて書く
2段構成にした後の開口面積の誤差には、条件の違う2つの数字があります。
| 条件 | 検証用の誤差 | 学習用の誤差 | 区分 |
|---|---|---|---|
| 2段目の分類を、API の自動処理ではなく、AI を対話的に使いながら人が目で確かめて行った | 平均4.1%(邸ごとに +3.2%・+4.9%) | — | PoC 実測(API で自動化したときの再現性は別に測る必要あり) |
| 2段目の分類を、保存済みの分類の回答で再集計した | 2物件の平均16.0% | 4物件の平均14.6% | PoC 実測(再集計。新たな推論・独立したテストではない) |
4.1%は、分類を人の目で確かめた条件の値です。自動の分類にしたときの値ではありません。記録にも、この2つを混ぜないことを明記しています。本番の自動分類でどこまで出るかは、条件をそろえて測り直す必要があります。
AIの費用を小さく抑えられる理由
2段構成にしたことで、AI の費用も小さくなりました。図面全体を生成 AI に読ませるのではなく、ルールが絞り込んだ候補の画像だけを分類させるからです。1邸あたりの候補は22〜57件で、軽いモデルで分類すれば1邸あたり数円という概算になりました。AI に何を任せるかを絞ると、精度だけでなく費用の面でも扱いやすくなります。
既存のAIモデルが使えなかった話
図面の記号を検出する既存のモデルも試しました。平面図には効きましたが、立面図の窓にはそのままでは転用できず、追加の学習なしで試すと実質0件でした。平面図と立面図では、同じ窓でも描かれ方がまったく違います。既存のモデルが使えるかどうかは、自社の図面で試すまで分かりません。
縮尺の推定:自信がないときは採用しない
拾い出しの前提になるのが、図面の縮尺の推定です。PoC では6邸すべてで縮尺の推定に成功しました。
PDF のページサイズが変わったときの縮尺のずれも調べました。15の条件で、もとの方式では最大95.5%ずれていたものが、補正の候補を出す方式では最大0.448%に収まりました(PoC 実測)。
ただし、推定どうしが食い違うときは、補正の候補を示すだけで計測値には使わず、担当者の手での校正に戻します。縮尺を誤ると、すべての面積が誤ります。自信のない推定を黙って使うより、人に任せるほうが安全です。
1階の床面積は、6物件で誤差の平均が2.9%でした(PoC 実測)。ただし、この中には面積が図面に印字されている物件も含まれており、部屋の輪郭を検出する精度を示すものではありません。
検証の手順:見た図面に合わせ込まない
数字を正しく測るために、次の手順を取りました。
- 学習用と検証用を分ける: 正解つきの6邸を学習用4邸と検証用2邸に分ける
- 検証用は1回だけ使う: 方式を固めたあとに一度だけ評価する。結果を見て直したら、その2邸はもう検証用ではなくなる
- 人の判定を先にさせる: 人と AI の判定の一致を測るツールでは、人が判定し終わるまで AI の答えを見せない
- 正解の範囲をそろえる: 正解の拾い出し表には別のグループ(ポーチの壁、車庫の内壁など)があり、最初は一部しか比べていなかった。比べる範囲がずれていると、精度の数字そのものが意味を持たない
- 条件の違う数字を混ぜない: 分類を人がしたか AI がしたかで値が変わる。報告では条件と数字を同じ行に書く
ルールだけの方式で81.9%に崩れたことに気づけたのも、検証用の2邸を最後まで見ずに取っておいたからです。こうした手順を PoC の前に決めておく方法は「AI 開発を PoC で止めないための合格ラインの決め方」に、テンプレートつきでまとめました。
本番にAIをつなぐまでの進め方
この案件は PoC で終わらせず、全機能を作り込む本開発として進めています。2026年9月に顧客の環境を提供しましたが、その時点で本番の仕組みに AI はまだつないでいません。AI をつなぐのは、自動の分類で精度を測り直してからです。frectas がこうした案件で AI をつなぐまでの進め方は、次のとおりです。
- 手作業で完結する画面を納品する: 拾い出し・確認・修正・数量と金額への換算までを、AI なしで回せる状態にする
- AI の候補を検証環境で試す: 自動の分類で、条件をそろえて誤差を測り直す
- 人と AI の判定の一致を測る: 担当者が先に判定し、その後で AI の判定と比べる
- 信頼度の色分けを調整する: 「緑なのに誤っていた」候補がどれだけあるかを確かめる
- 本番につなぐ: つないだ後も、担当者が直した項目を記録し続け、どの様式・どの項目で手直しが多いかを見る
AI をつなぐ時期を急がなくてよいのは、AI がなくても回る画面が先にあるからです。精度が足りないうちに AI をつなぐと、担当者は AI の候補を消す作業に追われ、かえって手間が増えます。
相談の前に用意してほしいもの
積算の AI 化を相談いただくときは、次のものがあると、PoC の設計が早く進みます。
- 図面のサンプル: 様式ごとに数邸分。CAD から出力した PDF か、スキャンした画像かも教えてください
- 過去の拾い出し表: 同じ図面に対して人が作ったもの。正解データとして使います。別グループの壁など、表のどこまでが拾い出しの対象かもあわせて確かめます
- 拾い出す項目の一覧: 立面・平面・屋根で、それぞれ何を拾っているか
- 換算のルール: 拾い出した数量を、資材の数量や金額にどう換算しているか
- 今かかっている時間の感覚: 1物件あたりの拾い出しの時間。正確でなくてかまいません
5は、導入後の効果を測る基準になります。この案件でも導入前の作業時間の記録はなく、効果を数字で示すには本番での記録が必要になっています。最初に感覚値でも残しておくと、後で効果を確かめやすくなります。
どんな会社に向いているか
次の項目に当てはまるほど、この進め方が合っています。
- 設計事務所・工務店など、複数の会社から様式の違う図面を受け取っている
- 図面から数量を拾い出し、資材の数量や見積もりの金額に換算している
- 過去に人が作った拾い出し表が残っている(正解データとして使える)
- 拾い出しを全部任せるより、まずは見落としを減らしたい・確認を速くしたい
拾い出し表が残っていない場合は、PoC の最初に数邸分の正解を作るところから始めます。
この案件から言えること
- ルールと AI の役割を分ける。 ルールは漏らさないことに、AI は誤りを落とすことに専念させると、初めて見る図面に強くなります
- AI がなくても回る画面を先に作る。 AI の精度が育つ前から使い始められ、AI が止まっても業務が止まりません
- 自信のない推定は採用しない。 縮尺のように、誤ると全体が狂う値は、食い違ったら人に戻します
- 数字は条件とセットで出す。 4.1%と16.0%のように、条件が違えば値は大きく変わります
同じく図面を扱った案件の記録は「図面 PDF から部屋情報を AI で抽出」に、サービスの内容は「図面・PDF の読み取りと拾い出しの自動化」にまとめています。
図面からの数量の拾い出しに時間がかかっている方は、お問い合わせからご相談ください。扱っている図面の種類と様式の数、拾い出している項目、過去の拾い出し表があるかどうかを教えていただければ、AI に任せられる範囲と、PoC での測り方をご提案します。