図面PDFから部屋情報をAIで抽出:PoCのやり直しと採点の壁

図面PDFから部屋の名前・面積・寸法をAIで抽出した案件の記録。PoCを全ページの棚卸しからやり直し、採点の欠陥を11回作り込み、出した数字を取り下げた経緯と、AIがなぞり図面の線に吸着させる方式を解説します。

(2026年10月17日更新)

建物の図面 PDF から、部屋ごとの名前・面積・寸法などを AI で抽出し、計算用の Excel 入力シートに出す仕組みを、設備メーカーの設計部門向けに作りました。結論から書くと、うまくいった方式は「生成 AI が部屋の輪郭を大まかになぞり、プログラムが図面のベクターの線に吸着させて正確な形を出す」分担です。そこにたどり着くまでに、PoC を一度まるごとやり直し、精度を測る採点の仕組みに欠陥を11回作り込み、一度報告した数字を自分で取り下げました。検出の方法より、採点の設計のほうがずっと難しかった、というのがこの案件の一番の学びです。

この記事の数字は、frectas の案件の記録(検証の記録・顧客への報告)によるものです。

どんな作業を置き換えたか

設計の担当者は、平面図・立面図・断面の詳細図・仕様書などを見ながら、1室ごとに次のような情報を読み取り、Excel の入力シートへ手で書き写していました。

  • 用途・階・室名・室内の設定条件・天井の高さ
  • 壁(1室で最大10面)・天井・床ごとの、隣の部屋の名前と条件
  • 各面の寸法

1案件の図面は数十ページになります。これを AI で下書きし、担当者は確認と修正に回る、というのが目標でした。事例の全体は「設備メーカーの設計部門で、建物の図面 PDF から部屋の情報を抽出」にまとめています。

建物図面ならではの難しさ

製造業の部品図とは違い、建物の図面から部屋の情報を拾うには、次のような難しさがあります。

  • 一つの部屋の情報が、複数の図面に散らばっている。 室名と輪郭は平面図、高さは立面図や断面の詳細図、仕様は仕様書、というように、1室の情報を集めるのに何枚もの図面を見比べる必要があります
  • 隣の部屋との関係を読む必要がある。 壁・天井・床ごとに、向こう側が何の部屋かを拾います。部屋を一つずつ切り出すだけでは足りません
  • 線が多い。 寸法線・通り芯・家具や設備の記号など、部屋の境界でない線が大量に重なっています。図面全体に一つのルールを当てて「部屋の境界の線だけ」を選ぶのは困難でした

図面の管理や類似図面の検索を扱う製品は多く出ています(末尾の「参考にした情報」を参照)。一方で、「図面から特定の値を抜き出して、決まった様式の Excel に流す」作業は、図面の種類と出力の様式ごとに作り込みが要ります。この案件で受託開発を選んだのはそのためです。

PoCを最初からやり直した理由

1回目の検証の弱点

1回目の検証(2026年7月)は、受け取った資料から抜き出した2ファイルで方式を試しました。結果は悪くありませんでした。しかし振り返ると、次の3つの弱点がありました。

  1. 入力が抜粋の2ファイルだけ
  2. 一度だけ動かした結果
  3. 正解データを自分で作った

これでは、出てきた数字が本番の図面でも通用するかどうか分かりません。そこで2回目(2026年8月〜)は、最初からやり直すことにしました。

全ページの棚卸しから始める

2回目は、受け取った実図面をすべて機械的に棚卸しするところから始めました。検証の母集団は、1回目よりはるかに大きくなります。

棚卸しの結果、スキャン画像だけで線のデータを持たない案件が、実際にありました。1回目の「全部ベクター形式の PDF」という前提は、ここで崩れました。1回目の数値(記号の読み取りの正答率や、1案件あたりの費用の試算など)は、2回目では「検証されていない仮説」として扱い直しています。

項目 1回目の検証 2回目の検証
入力 抜き出した一部のファイル 受け取った図面のすべて
前提 全部ベクター PDF スキャン画像だけの案件が4件あると確認
正解データ 自作 図面に記載された面積など、図面側にある値
結果の扱い 2回目で「仮説」に格下げ 方式の判断に使う

採点の設計がいちばん難しかった

欠陥を作り込んでは直す、を11回

2回目の検証では、部屋の輪郭を正しく取れたかを機械的に採点する指標を作りました。ところが、その採点に欠陥を作り込んでは直す、を繰り返すことになりました。8月12日の時点で9回、最終的には11回です。

パターンはいつも同じでした。

  1. 新しい指標を作る
  2. 結果が良く見える
  3. その指標の重みを上げる
  4. 別の欠陥が見つかる

11回のうち2回は自分では気づけず、AI に結果の画像を見せたときの指摘で分かりました。数値だけを見ていると11回誤り、画像だけを見ても1回見誤っています。数値も画像も、単独では信用できません。最終的には、目で見て確かめていた項目を、機械的に計算できる指標に一つずつ落としていきました。

出した数字を自分で取り下げた

8月13日に、図面に書かれた面積の注記53件のうち42件(79%)が誤差10%以内、中央値2.1%、という結果を出しました。しかしその後、この数字は取り下げました。

原因は採点の方法でした。面積の注記と部屋を「値が近いもの同士」で対応づけていたため、隣り合う部屋が一つにくっついて抽出された誤りが、たまたま近い値の注記と結びつき、隠れていたのです。正しい測り方に直すと、65%でした。

この経験から、記録の形を変えました。報告する数字には、「何と何を、どう対応づけて比べたか」を毎回添えています。対応づけの方法が数字を良く見せていないかは、数字そのものより先に確かめるべきことでした。

精度を求めて機構を足したら、悪くなった

採点の問題と並行して、検出の方式でも行き詰まりました。精度を上げようと、選択肢を増やす機構を足し、どれを選ぶかを代わりの指標で決めさせたところ、結果は悪くなりました。記録には「機械が出せるのは選択肢まで。どれを選ぶかの根拠は機械にない」と書いています(8月14日)。

自由度を増やせば当たりが含まれる確率は上がりますが、正しく選べなければ外れも増えます。選ぶ根拠を持たないまま選択肢だけを増やしても、精度は上がりませんでした。

到達した方式:AIは大まかに、正確さは図面の線から

8月15日の実験で、方式を切り替えました。「図面全体に効く一つのルールを探す」のをやめ、部屋ごとに次の分担にしました。

  1. 生成 AI が、部屋の輪郭を大まかになぞる(数十 cm ずれてもよい)
  2. プログラムが、図面 PDF に含まれるベクターの線に輪郭を吸着させる
  3. 吸着した輪郭から、正確な座標と床面積を計算する

生成 AI は「どの壁がこの部屋の境界か」を判断するのに使い、正確な位置は図面のデータが持っている、という考え方です。AI に精度を求めないことで、かえって全体の精度が上がりました。

数字で見る効果

項目 数字 区分
床面積(なぞり+吸着) 1案件1ページ10室のうち、図面に面積の記載がある4室すべてで誤差10%以内、中央値3.3% PoC 実測(図面に書かれた面積との比較)
吸着だけの効果 粗い入力でも、誤差10%以内の部屋が23室中11室 → 17室 PoC 実測
それ以前の方式(7ページ) 面積注記53件中27件(51%)が誤差10%以内、中央値3.1%。照合できた33件に限ると82% PoC 実測
取り下げた数字 53件中42件(79%)、中央値2.1% → 正しい測り方で65% 採点の欠陥により取り下げ

比べた相手は、図面に書かれた面積です。人が拾い出した値との比較ではありません。また、本番での精度や作業時間の削減の記録は、まだありません。

AIの費用:モデルの選び方で桁が変わる

条件 費用・時間 区分
2回目の検証で API を呼んだ13回の累計 約5.41ドル 概算(トークン数は API の実測、単価は仮定)
最上位モデルでページ全面を読む条件 1ページ約0.44ドル、1案件あたり約16ドル 概算(試算)
1ページ5室の解析に見直しの工程を足した場合 時間が約28%・費用が約25%増加(結果は変わらず) PoC 実測

どのモデルに、図面のどこまでを読ませるかで、費用の桁が変わります。モデルの割り当ては、方式の設計の一部として最初から考えるべきものでした。

見直しの工程は、時間が約28%・費用が約25%増えたのに結果が変わらなかったため、本番では有効にしていません。効かなかった改善は、作ったとしても入れない判断が大切です。

本番の仕組み:人が確認して確定する

本番の仕組みは、次の流れです。

  1. 室名の候補を担当者が確認する
  2. 選んだ部屋の輪郭と床面積を確認する
  3. 保存し、必要なら手で修正する
  4. Excel の入力シートに出力する

画像にしか書かれていない値や、あいまいな値は自動で確定しません。元の図面の文字と位置を画面で確かめられるようにしています。

自動で確定しない理由は、誤りが後工程に流れると見つけにくいからです。Excel の入力シートに入った数字は、その先の計算の入力になります。図面の上では一目で分かる誤りも、Excel の一つのセルになってしまうと、誰も気づかないまま計算に使われます。AI が自信を持てない値は、図面と並べて人が決める画面にとどめ、Excel に出すのは人が確かめた値だけにしました。

棚卸しで見つかったスキャン画像だけの案件は、線のデータがないため、吸着の方式をそのまま使えません。こうした図面がどのくらいの割合で来るかは、会社によって違います。PoC の最初に全体を数えておけば、ベクター PDF 向けの方式でどこまでカバーできるかを、作る前に見積もれます。本番への反映は2026年9月から10月にかけて3回行いました。

経緯の時系列

時期 出来事
2026年7月 1回目の検証。抜粋の2ファイルで方式を試す
2026年8月 2回目の検証を開始。全ページを棚卸しし、スキャン画像だけの案件があることを確認
8月12日 採点の欠陥がこの時点で9回目。2回は AI の指摘で発覚
8月13日 79%の数字を取り下げ、正しい測り方で65%と訂正
8月14日 選択肢を増やす機構で悪化。「選ぶ根拠は機械にない」と結論
8月15日 AI がなぞり、図面の線に吸着させる方式に切り替え
2026年9月〜10月 本番へ3回反映

振り返ると、検出の方法より採点の設計のほうが難しかった、というのが記録に残した結論です。

この案件から言えること

  1. PoC の母集団を最初に棚卸しする。 抜粋で出した結論は、全体を見ると前提ごと崩れることがあります
  2. 採点の仕組みを疑う。 指標が良く見えたときほど、欠陥を隠していないかを確かめます
  3. 数字を出したら、取り下げる覚悟も持つ。 間違いに気づいたら、自分から訂正します
  4. AI に精度を求めない分担を考える。 正確な値がすでにデータの中にあるなら、AI には大まかな判断だけを任せます
  5. 効かない改善は入れない。 時間と費用が増えて結果が変わらないなら、本番には入れません

PoC の合格ラインを事前にどう決めるかは「AI 開発を PoC で止めないための合格ラインの決め方」に、同じく図面を扱った積算の案件は「積算の拾い出しを AI で:ルールと AI の分担」にまとめています。サービスの内容は「図面・PDF の読み取りと拾い出しの自動化」をご覧ください。

参考にした情報

確認日はいずれも 2026-10-17 です。

図面を見ながら Excel に数字を書き写す作業を減らしたい方は、お問い合わせからご相談ください。図面の種類(CAD から出力した PDF か、スキャンか)、1案件のページ数、書き写している項目を教えていただければ、PoC で何をどう測るべきかからご提案します。

よくある質問

図面PDFから部屋の情報を全部自動で抽出できますか?

全自動は前提にしていません。部屋の名前の候補を人が確認し、選んだ部屋の輪郭と床面積を確かめて保存する流れです。画像にしか書かれていない値や、あいまいな値は自動で確定しません。

生成AIに図面を読ませるだけでは足りないのですか?

生成AIは「どの壁が部屋の境界か」を大まかに判断するのは得意ですが、正確な座標を出すのは苦手です。この案件では、AIに大まかになぞらせ、図面PDFに含まれるベクターの線に吸着させて正確な形と面積を出す方式にしました。

スキャンした図面でも使えますか?

この案件では、全ページを棚卸しした結果、スキャン画像だけの案件が実際にありました。線のデータがないため、ベクターPDFと同じ方式は使えません。スキャン図面が多い場合は、PoCで精度を別に確かめます。

AIの費用はどのくらいかかりますか?

どのモデルにどこまで読ませるかで桁が変わります。最上位のモデルでページ全面を読む条件の概算(試算)では、1ページ約0.44ドル、36ページの1案件で約16ドルです。

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30分の無料業務診断では、業務の流れを伺い、システムや AI で置き換えられそうな部分と、費用の大まかな目安をお伝えします(内容によっては、後日のお見積もりになります)。「何から手をつければいいか分からない」段階でも大丈夫です。