自治体で議事録の文字起こし、AI Q&A、職員向けの AI ツールを入れるとき、最初に決めるべきなのは「どの AI が一番賢いか」ではありません。どのネットワークの端末から使うのか、外部の AI にどこまでの情報を送るのか、職員がふだん使う画面のどこに置くのか、AI の出力を誰が確かめるのか。この4つが決まらないまま製品を選ぶと、導入した後に「庁内の端末からは使えない」「この会議の音声は送れない」と分かり、使われないまま終わります。この記事では、地域の AI サービス事業者が自治体に提供している文字起こし・議事録、AI Q&A、職員向けポータルなどのサービスの開発に関わってきた経験から、導入の前に整理しておく論点をまとめます。
frectas の関わり方
先に、この記事の前提となる frectas の立場を書いておきます。frectas は、地域の AI サービス事業者の開発チームの一員として、2022年からこれらのサービスの開発に関わってきました。サービスによって、主に開発したものと、一部を担当したものがあります。
| サービス | frectas の関わり |
|---|---|
| AI Q&A(Web 版) | ほぼすべてを開発 |
| 職員向けの AI ポータル | ほぼすべてを開発 |
| 文字起こし(Web 版・PC アプリ版) | ほぼすべてを開発 |
| AI Q&A(kintone のプラグイン) | 一部を開発 |
| 文字起こし・議事録のサービス | チームの一員として一部を担当 |
| メールを起点にした業務エージェント | 初期の開発を担当 |
議事録のサービスは、frectas が主に開発したものではなく、チームの一員として一部を担当したものです。また、これらのサービスの効果(削減した時間など)を数字で測った記録は、frectas の手元にはありません。この記事は効果の報告ではなく、開発の中で見えてきた論点の整理です。詳しくは事例「自治体向け AI サービスの開発に、チームの一員として参加」に書いています。
自治体の生成 AI の導入はこれから広がる段階
総務省の調査(2024年12月31日時点)では、生成 AI を導入済みの団体は、都道府県で87.2%、指定都市で90.0%、その他の市区町村で29.9%でした。活用の事例は、回答の多い順に「あいさつ文案の作成」「議事録の要約」「企画書案の作成」「メール文案の作成」です。導入の課題としては、人材の不足、AI が作ったものの正確さへの懸念、導入効果が分からないこと、などが多く挙がっています(末尾の「参考にした情報」を参照)。
議事録は、自治体の生成 AI の使い道として最もなじみのあるものの一つです。一方で、市区町村ではまだ導入済みが3割ほどで、「正確さへの懸念」と「効果が分からない」が課題に挙がっています。この記事の4つの論点は、この2つの課題に、仕組みの側からどう応えるかの整理でもあります。
論点1:どのネットワークの端末から使うか
自治体の情報セキュリティポリシーは、各団体が定めています。一般に、住民の情報を扱う系統、行政専用のネットワークにつながる系統、インターネットにつながる系統、というように、扱う情報によってネットワークと端末を分けて運用している自治体もあります。
外部の生成 AI やクラウドの文字起こしは、インターネットの先にあります。そのため、最初に確かめるのは次のことです。
- 職員がふだん使っている端末は、どの系統か。 インターネットにつながる系統の端末が別にある場合、そこからしか使えない
- その端末で、扱おうとしている情報を扱ってよいか。 会議の音声や議事録の下書きを、その系統に持ち込んでよいか
- 外部サービスの利用に、どんな手続きが要るか。 情報政策の担当課の確認、利用の申請、契約の条件
ここは、製品やサービスを選ぶより先に、情報政策の担当課と一緒に確かめます。開発する側は、「どの系統の端末から、どのブラウザで動けばよいか」が決まってから、画面とつなぎ方を設計します。文字起こしでは Web 版に加えて PC アプリ版も作りましたが、使う端末と環境によって、どちらが合うかが変わるためです。
論点2:外部の AI にどこまで送るか
次に決めるのは、外部の AI に送る情報の範囲です。議事録・AI Q&A・ポータルで、送るものが違います。
| 使い道 | 外部の AI に送るもの | 確かめること |
|---|---|---|
| 文字起こし・議事録 | 会議の音声、文字起こしの結果 | 公開の会議か、内部の協議か。個人情報や未公表の情報が含まれるか |
| AI Q&A | 職員の質問、回答の根拠にする規程・マニュアル | 根拠にする文書は公開してよいものか。質問に個人の情報が入らないか |
| メールを起点にした業務の自動化 | 受信したメールの本文・添付 | 住民や事業者からのメールに含まれる個人情報の扱い |
範囲を決めるときの考え方は3つです。
- 送るものを、必要な部分に絞る。 議事録の要約に、会議の参加者名簿まで送る必要はありません。仕組みの側で、送る範囲を絞れるように作ります
- 契約の条件を確かめる。 入力したデータが AI の学習に使われないか、どの地域で処理・保管されるか、どのくらいの期間保存されるか
- 扱いが決まらないものは、送らない側に倒す。 迷う会議は、文字起こしを使わずに従来の方法で記録する、という運用も選べるようにしておく
開発したサービスでは、音声認識に Azure、文章の生成に OpenAI や Claude のモデルなど、用途によって外部のサービスを使い分けています。どのサービスに何を送るかは、サービスごとに変わります。自治体の側でポリシーを判断できるよう、どの処理で、どのサービスに、何を送っているのか を説明できる状態にしておくことが、開発する側の責任だと考えています。
論点3:職員がふだん使う画面の中に置く
新しいツールが使われない理由の多くは、「わざわざ開かない」ことです。新しい画面、新しいログイン、新しい操作を覚えるのは、忙しい職員にとって負担です。
kintone の中に AI Q&A を入れる
既に kintone で業務を回している自治体では、kintone の画面の中で使える AI Q&A のプラグインという形がありました。frectas はこのプラグインの開発にも一部で関わっています。職員は、ふだん開いている kintone の中で質問でき、新しいシステムにログインする必要がありません。
kintone の中に入れることには、ほかにも利点があります。
- 権限の考え方を、既存の運用に合わせやすい。 誰がどのアプリを見られるかの設定が、既に kintone にある
- 質問と回答を、業務のデータの近くに置ける。 問い合わせの記録や台帳と同じ場所で使える
- 導入の説明が短くて済む。 「いつもの画面にボタンが一つ増える」で伝わる
一方で、kintone を使っていない部署や、Web のチャットのほうが合う使い方もあります。AI Q&A は Web 版も作り、スレッド形式のやり取り、失敗したときのやり直し、時間がかかったときの表示など、ふだん使いで困らない作りにしました。どちらか一つではなく、職員の使う場所に合わせて入口を用意する考え方です。
用途から AI ツールにたどり着けるポータル
AI ツールが増えると、今度は「どの業務に、どのツールを使えばよいか分からない」という問題が出ます。職員向けの AI ポータルは、職員が用途から検索して、使える AI ツールにたどり着けるサイトです。最初は静的なサイトとして作り、のちに Next.js に移しました。
自治体の課題に「どのような業務や分野で活用できるかが不明」が挙がっていることを考えると、ツールそのものより、ツールにたどり着く道 を作ることにも意味があります。人材が足りない自治体ほど、職員が自分で探して使える状態が助けになります。
論点4:AI の出力は人に返す
4つ目は、AI の出力をどこで止めるかです。自治体の課題の上位に「AI が作ったものの正確さへの懸念」があるのは、もっともなことです。生成 AI は、もっともらしい誤りを出すことがあります。
この懸念に、仕組みの側から応える方法は、AI の出力をそのまま外に出さず、いったん職員に返す ことです。
- 議事録: AI に作らせるのは下書きまでにし、発言の確認と確定は職員が行う形をおすすめします
- AI Q&A: 回答の根拠にした文書を一緒に示し、職員が確かめてから使う設計をおすすめします。住民への回答に AI の文章をそのまま貼らない運用にできます
- メールを起点にした業務の自動化: 受信したメールを決めた手順で処理し、結果をいったん職員に返す。外部への転送は、職員が確かめてから手で行う(frectas が初期の開発を担当した業務エージェントで採った形です)
メールを起点にした業務エージェントでは、AI が処理した内容を外部へ自動で送らない、という線をはっきり引きました。自動で送れば手間はもう一段減りますが、誤りがあったときに取り消せません。特に自治体では、外部に出た文書の誤りは信頼に直結します。AI が速くするのは職員の手元の作業までで、外に出す判断は人が持つ、という線引きです。
この線引きは、効果の説明にも役立ちます。「AI が議事録を作る」ではなく「議事録の下書きを AI が作り、職員は確認と修正をする」と説明すれば、正確さへの懸念と、効果(下書きを一から作る時間が減る)の両方に答えられます。
進め方:小さく試してから広げる
自治体での導入は、次の順で進めると、論点を一つずつ片付けながら使い始められます。
- 使い道を一つに絞る。 議事録の下書き、規程についての職員の質問への回答など、まず一つ
- ネットワークと送る範囲を、情報政策の担当課と決める。 論点1と2を、この使い道に限って決める
- ふだんの画面の中で試す。 kintone のプラグインや、職員がよく開くページからの入口を用意する
- 人が確かめる手順と、効果の測り方を決めて試す。 下書きを直すのにかかった時間、回答を確かめるのにかかった時間などを記録する
- ほかの部署・使い道に広げる。 職員向けのポータルのような、ツールにたどり着く道をあわせて整える
使い道を一つに絞るのは、論点ごとの判断を具体的にするためです。「生成 AI を使ってよいか」という大きな問いは決めにくくても、「公開の会議の議事録の下書きに、この音声認識を使ってよいか」なら判断できます。
導入の前に確かめるチェックリスト
- 使う端末は、どのネットワークの系統か。そこから外部のサービスを使ってよいか
- 扱う会議・文書・メールのうち、外部の AI に送ってよいもの、送らないものを分けたか
- 契約で、入力したデータの学習への利用、処理・保管の地域、保存期間を確かめたか
- 職員がふだん使う画面(kintone・グループウェアなど)の中に置けるか
- AI の出力を、誰が、どこで確かめてから使うかを決めたか
- 外部への送信を自動にしない線を、どこに引くかを決めたか
- 効果をどう測るか(下書きの修正にかかった時間、問い合わせへの回答時間など)を決めたか
最後の項目は、frectas の関わったサービスでも、これから事業者・自治体と相談して記録していくところです。効果を数字で示せるよう、導入の最初から「何を測るか」を決めておくことをおすすめします。
参考にした情報
- 総務省「自治体における生成AI導入状況」(令和7年6月30日版。2024年12月31日時点の調査): https://www.soumu.go.jp/main_content/001018084.pdf (確認日 2026-10-22)
議事録の文字起こしや AI Q&A を、庁内のネットワークやポリシーに合わせてどう入れるかを相談したい方は、お問い合わせからご連絡ください。サービスの内容は「議事録の自動作成・社内 AI Q&A」にまとめています。使っている端末の環境と、扱いたい会議・文書の種類を教えていただければ、送る範囲の整理から一緒に考えます。